この白書は問題診断は正確だが、処方は力不足である。文部科学省のデータは、日本の世界AIトップ会議論文シェアが2018年の6.2%から2024年の3.1%に低下したことを認めている。国内大規模モデル(Sakana AIを除く)はLMSYSランキングでトップ50に一つも入っていない。しかし、提案された解決策——5年間で2兆円を投入した「国家AI計算基盤」建設——はEUのGaia-Xを模倣しており、日本のより深層の人材断層を無視している。
白書の戦略的価値は過小評価されている。その「AIの社会実装」枠組みは、生成AIを米国との汎用知能主導権争いではなく、超少子高齢社会の労働力不足を解決するインフラとして明確に位置づけている。この実務的な位置づけが独自の垂直的優位性を生んだ。NECと理化学研究所の共同医療画像生成モデルはJGA基準で薬事承認を獲得し、これは世界初の臨床レベル生成AIである。2兆円の計算投資の30%は製造業や品質管理などの「Society 5.0」シーンに強制的に配分され、基礎モデルの盲目的追従による資源錯配を回避している。
白書の真の欠陥は、国際サプライチェーンへの依存を回避している点にある。2兆円の投資計画において、GPU調達の85%は依然としてNVIDIAを指向し、Preferred Networksなどの国内チップ設計企業への配分は15%にとどまる。これは、1980年代の半導体競争でNECや東芝の自主能力を育成した日本の戦略と鮮明な対比をなす。さらに矛盾的なのは、白書が「AI主権」を強調しながら、Sakana AIの「モデル湧出」方法論を核心的なイノベーションパスとして掲げている点である。この方法は本質的にLlamaやQwenなどの外国基礎モデルへの継続的アクセスに依存している。